今年の夏休みは少し早めしたのですが、毎年恒例の大沢温泉湯治の一人旅に出ました。初日の宿は八幡平の藤七温泉で、その前に博物館を二つ巡りました。
出発は朝7時の「はやぶさ」
土曜日の朝の新幹線は混むだろうと一ヶ月近く前に早めの新幹線を予約したのですが、結果としてはもう少し遅くてもよかったかも。
というのは、初日は温泉めぐりにしようと思っていたのですが、北東北の梅雨明けは遅くこの日はどこも雨予報。半月前くらいから毎日Yahoo天気予報で一喜一憂していたのですが、一番降って欲しくない日に終日の雨予報でした。とはいえ山形新幹線は不通になっていたりするわけで、大きな計画変更がなかっただけよかったと思わねばなりません。
速い速い新幹線は9時半にはもう盛岡に到着です。藤七温泉は実質車がないと行けないところなのでレンタカーを借ります。今回の相棒はスズキswift。スズキ車は家で乗り慣れているので助かりました。
天気がよければ乳頭温泉で二つ三つ温泉めぐりをしてから、八幡平に登ろうと計画していたのですが、終始本降りの雨が降っていそう。
乳頭温泉は露天風呂が魅力のところが多いうえに、道路がどうにかなってもおかしくないような累積雨量なので断念しました。
気を取り直して向かったのは岩手県立博物館。岩手県内の博物館はあらかた行ったつもりでいたのですがここは初めてです。盛岡市街から離れていて車で行っても20分以上かかるうえに位置的にどこかに行くときにも寄りづらいからかもしれません。公園の一角にあるのですが敷地は広く雨が強く降っていたので少し濡れました。
建物はすこぶる立派で、土曜日の午前中でしたが見学者もちらりほらりいます。展示は岩手県の歴史、民俗、自然といったテーマの展示室がありすこぶる充実していて、さすが「県立」と思わされました。入館料は330円でしたからこれは安いですね。
歴史から入ってしっかり見学しました。一戸、八戸といった地名があるのですが、この「戸」ってなに?という長年なんとなく気になっていた疑問が解消しました。「戸」とは坂上田村麻呂が蝦夷征伐の為に北進するにあたり柵を設けたのですが、その周辺にいた原住民を「柵戸の民」と呼んだことに由来するそうです。
文化史展示室というのがまたストライクで古い家電や道具から、給食の推移などとても面白い。ずっとみていても飽きません。
時間には余裕があるので映像コーナーなど含めてゆっくり見学することができました。いつも帰りの時間や次の予定が気になってあくせくしてしまうのですが、こういうことも珍しいかも…
次に訪問するのは八幡平市松尾鉱山資料館。
ここは二回目で、明治末から創業していた硫黄鉱山の松尾鉱山に特化した資料館です。日本最大の硫黄産出量を誇り、鉄筋コンクリートの社宅などを備え様々な娯楽施設まで充実させて「雲上の楽園」と宣伝されていました。
ところが先日、訪問した四日市への旅でも記したとおり石油精製における脱硫装置が義務化されると副産物として採れる硫黄の価値は大きく下がり1970年代に閉山となりました。
この資料館では在りし日の賑わっていた町の様子や敷設されていた鉄道などを中心に展示されています。
閉山となり誰も住まなくなったわけですが、木造の社宅は延焼実験として燃やされ鉄筋コンクリートの集合住宅は廃墟となり八幡平に登る道から怪しい魅力を放っています。前回訪れたときに閉山時の悲しい哀しい文章に胸を打たれた覚えがあるのですが、同じものは今回はなかったような気がします。
資料館二つ時間をかけて見学したので、藤七温泉にチェックインできる時間にはなりました。
八幡平方面をみると低く垂れ込めた雲の中にあり、その中に突っ込んでいくような印象。雲の上だからこの一帯は雨でも日が照っていたりしないかなどと都合のいいことを考えたりしましたがそんな訳ありません。雨降りで露天風呂が楽しめないとなるとあまり早く行っても仕方ないのですがもう行くしかない…
藤七温泉の宿泊記は追って投稿します。