桐生で一泊して二日目はわたらせ渓谷鉄道に乗って待望の足尾銅山を見学しました。
8時前の桐生発のわたらせ渓谷鉄道で足尾に向かいます。桐生に一泊したおかげでこの時間の列車に乗れたので後のスケジュールに余裕ができます。
日本最大の流域面積を誇る利根川水系のなかでも最大級の支流の渡良瀬川の作る谷は思った以上に深く長い。旧国鉄足尾線の開通は大正元年で線路は谷の斜面を削ってへばりつくように敷かれています。眺めもよくて渓谷鉄道という名前も頷けますし観光列車が盛況というのもよくわかります。一時間以上乗っていましたが全く退屈しませんでした。
通洞という駅で降りてコインロッカーに荷物を預けて身軽になり、足尾観光銅山に向かいます。駅から徒歩5分程度なので近いです。
チケットを買ってまずトロッコに乗って坑内に向かう仕組みになっています。土曜日の開園直後ということで4名の客を乗せて出発。急な坂をゆっくりくだったところに駅があり、先頭の機関車を切り離してトロッコだけで校内に進入しました。機関車の意味は何だったのだろう?急坂を踏ん張る役割なのかな?後ろのカップルが遊園地の乗り物みたいといっていましたが本当にそんな感じ。
真っ暗な坑内に入るとどっと気温が下がります。しばらく走って坑内の駅に到着。ここからは徒歩で構内見学です。
だいたい坑内の展示はこんな感じのジオラマですよね。江戸時代から昭和までの坑内作業の推移が見学できます。出口付近は資料館になっていたのですが、映像コーナーのアニメは鉱脈と坑道の作り方の関係などがよくわかって勉強になりました。足尾銅山の坑道の距離は1000km以上で東京⇔博多までの距離に相当するとのこと。
順路後半では社会科見学?の小学生で満員になったトロッコが、きゃあきゃあいいながら坑道に進んでいくのがみえました。
出口のところにはこんなベタなだじゃれのゲートが…その先のお土産屋さんがありますが、200円で「足尾銅山の歴史」という小冊子を買いました。そのほか銅製のマグカップなども惹かれたのですが、重くてかさばるので自重。折角なので買えばよかったかな。
最初にトロッコに乗せて洞内に入るルートも工夫されているし、展示も充実していて今まで見たたくさんの鉱山の中でも一番よかったかも知れません。
その後、ほど近いところにある古河足尾歴史館に向かいます。館内は撮影不可なのでこれ以上の画像はありませんが、企業からの足尾の歴史の展示があります。足尾といえば公害の原点のように言われるわけですが、環境対策の展示などが特に興味深かったです。
通洞駅に戻ったのは10時半ころ。ここから日光にバスで抜ける予定です。駅前から11時過ぎのバスがあるので接続は良好です。しかし、折角なのでできれば「わたらせ渓谷鉄道」で終点の間藤まで乗りたいところです。正直、足尾にも二度と来ることもないと思うので乗り残しみたいになるのが嫌でした。
幸い11時に通洞駅を出る「トロッコわっしー号」なる観光列車があるのでそれに乗ればうまくいきそう。駅員さんきっぷを所望すると整理券520円が上乗せされるとのこと。構わないといったところこんどは満席なので売れませんと言われてしまいました。
仕方ないから諦めてバスで行こうかと思案しているうちに11時近くになり、トロッコ列車が到着するとのこと。せめてどんな列車なのか見ようと思ってホームにいくと、さっきの駅員さんが、この駅で降りるお客さんがいれば乗せてもらえるかも知れないので、車掌さんに聞いてみて欲しいとのことでした。
実際に列車が到着すると銅山観光に行くのか8割方降りたので無事乗車できました。運賃190円、整理券520円ですからつまらないこだわりで出血ではありますが、また足尾にまで来る運賃と時間を考えれば安いものです。きっと赤字であろうわたらせ渓谷鉄道に貢献できると思えば充分です。
トロッコ列車は二駅だけでしたがこの日は10月なのにかなり暑い日だったので気持ちよかったです。あっさり間藤駅に到着したあとは駅舎付近を散策。
この駅は故宮脇俊三さんが国鉄全線を制覇した最後の駅ということでこんな展示もあります。中央公論社の編集者で中央公論の編集長などを歴任し、常務取締役まで努めた文章のプロ中のプロです。そんな人が切り開いた鉄道紀行文学を愛読していて、今でも常にベッドサイドに全集を置いて時折拾い読みしています。
その宮脇先生の本では足尾は禿げ山だらけとのことでしたが、それから40年を経過した今では相応に木は生えています。ただ木々の背丈は低く、岩肌が露出している部分も多く再生過程と行ったところでしょうか。
間藤まで乗っていたのは他に6人くらいでしたがそのうち4人が同じようにバスで日光に向かうようでバス停に並んでいました。
日光からの行程は追って投稿します。
桐生までの行程については下記リンクからご覧ください。