ホテル日立プラザに宿泊後はレンタカーで資料館めぐりです。日鉱記念館と日立市郷土博物館、さらには一足のばして東海村の原子力科学館を見学しました。
一番の目的地である日鉱資料館は歩いて行ける距離ではなくバスも不便なため、レンタカーを借りました。
日立駅から20分ほど走って日鉱資料館に到着。一般にこのような施設は公立のものが多いのですが、こちらはJX金属の企業資料館として運営されています。
ご覧の通り立派な建物で、しかも無料で見学できるのでとてもありがたいです。本館は日立鉱山の創業者久原房之助さんから始まるJX金属グループの歴史の展示が中心。
定番の坑道のジオラマもありました。鉱山系の資料館にはやはりこれがないといけませんね。
日立の大煙突についてはひとつのコーナーで詳しく展示されています。銅山の公害といえば足尾が有名ですが、日立もかなり酷かったようです。これを解決するために建設されたのが高さ156Mという建設当時では世界で最も高い大煙突です。煙害が激減して、鉱工業都市日立の象徴として市民に親しまれたとのこと。ただし、平成5年に下部1/3を残して倒壊してしまいました。30年以上前ですが、このニュースはよく覚えています。
屋外には二つの縦坑が保存されています。
別棟の鉱山博物館では、鉱石や鉱山で使われている機材が展示されています。戦時中で鉄が使えなかったため木造でがっちり作られた建物も印象的。これでもかというくらい削岩機が展示されていました。鉱山系の博物館にはたくさん行きましたが、ここまでたくさん削岩機が展示されているのは初めてです。あとで資料を見たところ159台展示されているとのこと。
たっぷり一時間以上見学して堪能しました。同じくらいに入館した家族連れと男性二人組の方々はもっと熱心に時間をかけて見学しているようでした。
市街地に戻って次に訪問したのが日立郷土博物館。一階は土器から始まる日立の歴史を展示していましたが、こちらは流す程度。
面白かったのは二階の展示室「日立の民俗と産業」。鉱山の開発が進むまでは小さな寒村だった日立が、鉱工業都市に発展する姿が展示されています。昭和20年にはB29の投下した1トン爆弾と、戦艦の艦砲射撃で街は壊滅したそう。釜石もそうですが、関東以北の太平洋側は艦砲射撃に被害が大きいという印象を受けました。
この時点でまだ昼前。だいぶ堪能したので東京に戻る考えも頭をよぎったのですが、折角レンタカーまで借りたので予定通り東海村まで行こうと思います。
カーナビに入力すると20分程度とのこと。しかし海岸沿いの国道は景色はよかったのですが、かなり眠くなり案外にしんどかったです。この時間はいつもこうなります。
東海村に入ると原子力関連施設がたくさん。そのなかに原子力科学館もあります。車もたくさんですがファミリーが多そう。
本館の展示は主に子供向けで物足りないものでしたが、身につまされたのは別館のJCOの事故の展示。核燃料の加工中の作業を違法に省力化したために、原子炉外で臨界状態になり、作業員二人が被爆して死亡した事故です。事故当時大きな衝撃をうけてよく覚えていたのですが、展示を見て顛末をよく確認することができました。
あとはもう日立駅に戻ってレンタカーを返して東京に戻るだけです。そのまえに是非どこかでお昼をと思っていたのですが、往路に「道の駅日立おさかなセンター」というのを見つけたので寄ってみました。
駐車場が満車で難儀しましたが、市場のようなところに行ってみると生牡蠣が売っています。厚岸産と兵庫産というのはややがっかりですが、厚岸産ひとつ頂きましたが「身入りOK」との記述通り、めっちゃおいしかったです。こんなところで生牡蠣が食べられるのは嬉しい誤算。
駐車場の混雑のわりには食堂は空いていました。生牡蠣を堪能したこともあり、控えめにミニ海鮮丼を頂きます。味噌汁がついてくるのだろうと思っていたのですが、別料金だったよう。とはいえ、水戸あたりでラーメンを食べるよりは遙かに充実したランチになりました。
その後は日立駅でレンタカーを返して、水戸にも寄らずまっすぐ東京に戻りました。資料館めぐりや生牡蠣のランチなど思った以上に充実したいい小旅行になりました。
前日の行程については下記リンクをご覧ください。