家族旅行の際に串本のトルコ記念館に続いて訪問した日米修好記念館について投稿します。こちらもなかなか面白かったです。
こちらもなんで串本?と思われるかもしれませんが、ペリー来航の60年も前に串本の紀伊大島にアメリカの商船二隻が寄港し貿易を申し込んだとのことです。
その際の紀伊徳川氏の文献とアメリカの船員の手記との照合でかなりの時を経て確認され、記念館が建てられたのだそうです。
ラッコの毛皮が中国や日本では高く売れるとか18世紀末のアメリカの通商事情などが垣間見れて非常に面白い。また紀州藩の対応や言葉の通じない地元民とのやり取りの過程なども興味深くこのような資料館に来ないと知ることができない情報が有難く思いました。
ちなみに当時の日本ではラッコの毛皮はまるで無価値で、村民との交流でそれを知ってがっくりしたとか。一応漂流を装っており、敵意がない旨の漢語の手紙なども用意されていて、それがわかると村民とも友好的に数日過ごし米や薪なども贈られたとのこと。きっとお返しもあったはずなのですが日本側には何も残っていないそうです。幕府から何か罰せられることを恐れて公にはできなかったのかな?と想像。ただ、もちろん紀州藩経由で幕府には知らされてその後の海外対応に影響を及ぼしたそうです。
トルコ記念館が知っていたことの復習のようなものであったのに対し、こちらで展示されていることは全くの初耳だったので新鮮。
大して時間かからないからといってママと子供たちを車に残していったのですが、展示に見入って15分くらいいたかな?館員さんにすぐ近くにある「海金剛」という景勝地も勧められたのですがそちらは自重しました。もっとも車に戻るとクレヨンしんちゃんの映画に夢中で全然問題なかったよう…