先日の週末は新潟群馬と一人旅に出てきました。今回は長岡と草津が主目的です。ついでに寄った魚沼で食べたコシヒカリのおむすびが美味しかった!
関西に住んでいると、北関東や新潟は行きづらく単身赴任をしているうちにと思ってはいたのですが、どうしても定宿のある東北に目が行ってしまってなかなか実行できませんでした。寒くて活力が落ちていましたが、直前に決断です。
大人の休日倶楽部の割引を使いたいので事前に「えきねっと」で購入したところ、乗る予定にしていた「とき」の指定席は満席で自由席。週末の上越新幹線は混んでいるのですね。
定時で退社して東京駅に向かいます。急げば一本前の新幹線に乗れると思って急いだのですが、いつもは空いている駅の自販機には5人ほどの列。発券だけに5分ほどかかってしまって諦めました。チケットレスにすればいいんですけどね…
夕食で東京エキナカのお店でサーモン丼を購入。駅弁より割安でおいしそう。時間は中途半端でそれでも30分ほど待たされるので、すぐ発車の「たにがわ」に乗り込みました。混み混みの東京駅で待つより越後湯沢で乗り換えるほうがいいでしょう。ここらへんのフレキシブルなところが自由席の魅力ですね。
「たにがわ」は上野、大宮とたくさん人が乗って、C/D席が埋まるくらい。しかし、熊谷以降は一駅ごとにたくさんおりて高崎を過ぎるとガラガラ。
越後湯沢で本来乗る予定だった「とき」に乗り換えたのですが、こちらは自由席もかなり混んでいて乗った5号車はB席しか空いていません。3号車まで移動して何とか空いていたA席に座ることができましたが、正直上越新幹線の混雑を侮っていました。
さらに30分少し乗って燕三条で下車。この日の宿はアパホテル燕三条駅前。目的地は長岡なのですが、一泊で半額近くなので長岡までの往復を考えてもおつりがきます。
ビジネスホテルを選ぶ基準は大浴場があるかです。こちらも人工温泉とのこと。
行きたい資料館は10時開館で、長岡までは10分ていどなので翌朝はゆっくりできます。9時過ぎに長岡に着きカフェで朝食。まずは山本五十六記念館に向かいます。
その前に、山本五十六の生家によりました。こちらがその画像なのですが、妙に新しいし何らの説明書きもないのでホントか?と思いました。あとで記念館で聞いたところ復元だそう。
山本五十六記念館はすぐ近くです。戦争に反対しながらも連合艦隊司令長官として戦わざるを得なかった生涯や直筆の手紙などが多数展示されていました。以前から達筆なのは知っていたのですが、中学生のころの手紙も十二分に達筆なのにびっくり。手書きするほかない時代とは言え羨ましい。
展示の目玉は中央に座しているブーゲンビル島で撃墜された搭乗機の一式陸上攻撃機の左翼。残念ながら館内は撮影禁止なので、こちらはパンフレットの写真になります。
とんでもない航続距離を持ちつつも防御力が欠如し、銃撃されるとすぐ火を噴き米軍から「ワンショットライター」と揶揄された機体です。暗号電報が解読されて16機もの米陸軍機に待ち伏せされてはどうにもならないとのことでした。
続いて訪れた河井継之助記念館はすぐ近く。長岡藩の藩政改革を実現し、戊辰戦争で散った生涯を学べます。こちらも撮影禁止なので画像はありませんが、まずは長岡城攻防戦で活躍したガトリング砲がお出迎えしてくれます。
当時では圧倒的な火力を誇りますが二門では厳しかったよう。
小千谷談判や長岡城攻防戦の展示を期待していたのですが、もちろん解説はあったものの少し物足りない。新政府軍の岩村誠一郎との関係などはあとから復習で色々調べてしまいました。
対立する藩士の斬奸状なども展示されていて興味深い。最後のサムライとしてカッコよく描かれているわけですが、結果として数百人の死者と城下の民間人にも被害が出ているわけで、潔よしとするだけは済まないと思います。
河井継之助を題材にした司馬遼太郎の小説を原作とした映画「峠」の展示もありました。地元の方々がたくさんエキストラで参加したそうですが、皆さん長岡藩の役を希望してだれも新政府軍の役はやりたがらなかったとのこと。そりゃそうですよね。今でも会津の人は山口県人を嫌うそうですから。
山本五十六にしても河井継之助にしても望まない戦争を遂行せざるを得ない立場になり散っていった悲運に、なんともやるせない気分になりました。
長岡駅まで戻り、上越線の鈍行に乗ります。時間的にはもう一件どこかに立ち寄ることができます。歩いて行ける資料館があるところで候補としては越後湯沢か塩沢。最後まで決めあぐねていたのですが、宿場町の塩沢を選択しました。越後湯沢は今後も行く機会がありそうですが、この機会を逃すと塩沢は二度と行かない気がします。
塩沢は決して小さい町ではないですが、無人駅でした。目的は鈴木牧之記念館です。コインロッカーなどはないので重い荷物を背負って10分弱で到着。
こちらも館内撮影禁止で画像は建物だけですが、名著の「北越雪譜」を中心に鈴木牧之の生涯や描かれる雪国の暮らしについて展示されています。思った以上に立派な建物で、展示も充実していて時間が足りなくなるくらいでした。
「北越雪譜」は名前しか知らないのですが気になる本です。雪国の風俗や暮らしを記載した絵入りの随筆といったらいいのか?江戸後期の本です。鈴木牧之は縮みの仲買商人という職の傍らで執筆をすすめていたものの、越後にいてはとても刊行できないと言うことで江戸の作家に協力を依頼することに。
依頼した滝沢馬琴は多忙を理由に何年も書かなかったうえに、そろそろ書いてというと「それなら他の誰かに書いてもらえ」と逆ギレしたうえに
原稿も返してくれたかったそう。酷いな…。結局山東京伝の弟、山東京山の手で刊行されて江戸時代のベストセラーになったとのこと。構想は牧之30代のころから刊行まで40年かかったそうです。
後で調べたのですが、滝沢馬琴と山東京山は山東京伝の評価をめぐり犬猿の仲だったそうで、そんな山東京山から代わりに出版を手助けする旨提案を受けたことを知って滝沢馬琴がブチ切れたとのこと。教科書には決して書かれない事情ですね。
岩波文庫版は原本に近くさすがに読みづらいので、記念館でしか買えない現代語訳の抄録版を買いました。帰ってからボチボチ読もうと思います。
記念館を出て宿場町の趣の残る「牧之通り」をまわって駅に戻ろうと思います。ちょうどこの日はイベントがあるようで屋台が出ています。折角魚沼に来ているのに美味しいお米とは縁がなかったと思っていたところに、おにぎりのお店を見つけました。これは望外の喜び。
炊きたての温かい魚沼産コシヒカリで握ってもらった塩むすび200円。塩加減も絶妙でホントに美味しい!すんごく得したい気分で、本気で幸せ感じました。
この後は上越線でこの日の宿のある新前橋まで鈍行で行きます。川端康成の逆ルートですが、どんよりと曇った雪国からトンネルを過ぎると晴天で雪が一切なくなります。対照的なこの景色はこの季節に何度のっても面白い理由でしょう。上越新幹線に乗ってしまうとひたすらトンネルなのでこの区間は在来線が楽しいですね。
長くなりましたので、翌日の草津温泉行きについては追って投稿します。













