18きっぷで福島街巡り:二本松街歩き

18きっぷ福島町巡り二日目は二本松で街歩きです。思った以上にいい街だと思いました。

ここまでの行程はこちらをご覧ください。

実はこの日はどこに行こうか悩んでいました。会津若松とかいわきなどが他の候補だったのですが、今回逃すと二度と行きそうにないような気がしたので二本松で決めました。
二本松は郡山から鈍行で25分くらいですぐ。戻る予定にしていたので郡山駅のコインロッカーに荷物を預けて身軽になります。改装されたようで駅はとてもキレイ。

駅

最初の目的地は「にほんまつ城報館」真新しい立派な施設です。駅から歩いて15分くらい。二本松藩は17世紀半ばから藩主を務めていたのは織田家の重臣であった丹羽氏。郡山が前回の投稿の通り明治以降発展した街で、江戸時代ではこの地域でもっとも発展した城下町でした。

外観

資料館は「城報館」と銘打つだけあって常設展示は江戸時代の展示がメインでした。丹羽家の剣術は「突き」がポイントなのだそうで、例の「松の廊下」での事件の際は浅野家ともゆかりのある当時の藩主丹羽光重は「何故切りつけたのか?突きさえすれば殺せたものを!」といってご立腹だったそう。現代人の感覚では「そこ?」という感じですが…

内部

あと戊辰戦争の際の「二本松少年隊」の悲劇は胸を打たれるものがありました。少年兵の悲劇は会津の白虎隊だけではないのですね。企画展の「製糸業と二本松」は明治以降の話でこちらも興味深かったです。

次の目的地は「智恵子記念館」です。さらに歩いて30分弱といったところ。あの「智恵子抄」の高村智恵子さんは二本松の生まれで、生家の酒屋さんが残されてその隣にこちらもキレイな記念館が建てられています。資料館は生涯や油絵、紙絵の展示がされています。

生家

「ほんとの空がない」東京では体調を崩しがちで二本松の実家に戻ってくると回復するという生活だったそう。しかし生家の酒屋は破産。その後精神を病むに至るという悲劇的な人生でした。紙絵の制作もリハビリの一環なのだそうです。高村光太郎の愛妻で自身もアーティストくらいの知識しかなかったのですが、「青鞜」の表紙絵を描くなど女性解放活動にも関与していたとは知りませんでした。

資料館

駅まで戻らなければいけないのですが、図らずも10分ほどで二本松行きのバスがあるとのこと。この日もかなり歩いたので助かりました。二本松の駅でも30分ほど待ちましたが、二つの資料館はとても面白く思った以上に楽しい街歩きになりました。

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